アジア記者クラブ
2008年1月30日

ドイツで進む政治の左傾化 州議会選で

木戸衛一(大阪大学大学院国際公共政策研究科助教授)

 戦争肯定・買春容認のお笑いタレント弁護士が大阪府知事に当選した同じ1月27日、ドイツでは、ヘッセン州とニーダーザクセン州で州議会選挙が行われた。日本と同じく、新自由主義的「改革」のひずみがあらわになるなか、今後のドイツ政治を占う意味で、両州の選挙は大きな関心を集めた。

「社会的公正」の形骸化に募る不満

 もともと、社会生活のリスクを応分に分かち合おうという連帯的意識の強いヨーロッパにあって、第二次大戦後「社会的市場経済」を実践してきたドイツでは、米国流の弱肉強食の資本主義に対する抵抗感が強かった。ところが、冷戦終結後の「グローバル化」は、この国にも新自由主義的な「改革」を迫ることになった。

 1998年に誕生した社会民主党(SPD)と90年連合/緑の党の「赤緑連合」が着手し、2005年来のキリスト教民主/社会同盟(CDU/CSU)とSPDによる「大連合」が引き継いだ「改革政策」は、貧富の格差拡大、貧困の深刻化と、海外派兵の増強をもたらした(1)

 たしかに、年明け早々の1月2日、連邦統計庁が、昨年ドイツでは、「統一」以来最大の年間平均3970万人(一昨年より1.7%増)が就業していたと発表、さらにその翌日には、連邦雇用庁が、昨年末の失業者数が304.6万人(8.1%)で、前年より60.2万人も減ったと発表した。だが、この好景気は改革の成果だとするアンゲラ・メルケル首相(CDU)の自画自賛は、一般市民の感覚からはおよそかけ離れている。

 日本と同じようにドイツでも、非正規雇用者の低賃金労働を初め、人びとが働く条件が悪化する一方、一握りの企業経営者が巨額の報酬を得るという露骨な社会的不公正が現出している。昨年11月末には、ポルシェの幹部6名への2006年度の報酬が、合計1億1200万ユーロ(約180億円)以上に達したことが明らかになった。特にCOEのヴェンデリン・ヴィーデキングは、一人で5000〜6000万ユーロ(80〜96億円)稼いだという。

 これに対し、本来は新自由主義的な立場のホルスト・ケーラー大統領ですら、『ハンデルスブラット』紙上で、「経済界の指導者たちは、自分たちの態度が社会の結束に与える影響を理解しなければならない」と警告を発した。SPDは12月10日、企業経営者の報酬の妥当性と透明性を点検する作業グループを発足させた。翌日メルケル首相も、ドイツ使用者団体連盟の総会で、経営者の報酬をめぐる議論を「単なるねたみの議論だと片付けないでほしい」と釘を刺している。

 こうした事態を見れば、第一テレビの世論調査(12月7日放送)で、57%がドイツにおける社会的公正を否定しているのも理解できよう。81%は「個人的に好景気を感じない」とし、91%が67歳への年金支給引き上げに反対している。

 このような政治的雰囲気は、「大連合」の政策にも影響を与えた。昨年1月12日に妥協が成立した医療改革では、国民皆保険化、医療基金(Gesundheitsfond)の導入、国庫補助の拡大が実現された。民間保険会社が、保険加入希望者に対し、基本料金制(Basistarif)で、疾病リスクの調査なしに加入させる義務を負うなど、この措置は、新自由主義者から見れば、市場の活力を損ねる以外のなにものでもない。

 雇用政策では、昨年12月11日の閣議決定で、50歳以上の失業者に対し、失業手当の給付を24ヵ月までに延長することになった。これは、失業手当の給付期間を18ヵ月に制限し、それ以降は生活保護と同水準の「第2種失業者給付金」に切り下げるとした、「赤緑連合」の「アジェンダ2010」からの重大な政策変更である(2)

 さらには、郵便事業に最低賃金を適用する法律が、12月14日の連邦議会、20日の連邦参議院で可決された。これにより、最低賃金の時給額が、郵便配達員が西独9.8ユーロ、東独9ユーロ、他部門の従業員が西独8.4ユーロ、東独8ユーロと定められ、2010年からは、東独でも西独並みの最低賃金額が適用されることになった。

 もともとメルケル首相は、企業の競争力を阻害すると、最低賃金制の導入に否定的であった。他方SPDは、10月26〜28日のハンブルク党大会で、時給7.5ユーロの全国一律最低賃金導入を決議、世論も好意的に反応した。前述の第一テレビの世論調査では、81%が郵便事業への最低賃金導入に賛同、78%が他の産業部門への拡大を求めている。こうした機運にメルケルは譲歩を余儀なくされたわけであるが、CDU内には、一連の妥協が、保守・リベラル・被用者の伝統的な党内バランスを崩したという批判もくすぶっている。

 両州議会選挙が間近に迫った1月15日、フィンランドの携帯電話メーカー・ノキアが、今年半ばまでにボーフムの工場を閉鎖し、生産拠点をルーマニアに移転すると発表した。連邦政府や地元ノルトライン=ヴェストファーレン州から9000万ユーロ(約140億円)もの補助金を受け、年末には従業員に残業を強いた挙句のこの措置は、ドイツ社会の強い反発を招いた(3)。ノキアの閉鎖は、同工場2300人、下請け企業2000人を失職させると目されている。こうした利潤至上主義的な資本主義のあり方が選挙に与えた影響も看過できない。

波乱のヘッセン、無風のニーダーザクセン

 前回2003年2月3日州議会選挙でCDUは、「赤緑」連邦政府への対抗を強調して圧勝した。ヘッセンでは現職州首相ローラント・コッホが単独政権、ニーダーザクセンではクリスティアン・ヴルフが自由民主党(FDP)との連合政権を樹立した。今回の選挙で、両CDU州首相は、連邦レベルの攻撃目標を失い、政策論争で勝負することになった。

 ヘッセン州議会選挙の争点は、主に学校教育と失業問題であった。前者について、SPD・緑・左翼党は統一的な学校制度、CDUとFDPは、基幹学校・実科学校・ギムナジウムという3分岐型の伝統的学校制度の維持を主張した。エネルギー政策でも左右の対立は明確で、SPD・緑・左翼が脱原発政策の堅持、CDU・FDPはその見直しを訴えた。他方、最低賃金制度については、SPDと左翼党が包括的、CDU・FDP・緑が限定的な導入を主張、フランクフルト国際空港の拡張問題では、CDU・SPD・FDPが雇用拡大の観点から賛成、緑と左翼党は環境保護の見地から反対という構図となった。

 最低賃金制度導入などを背景にSPDが攻勢を強めると、コッホは突如、(特に外国人の)若年犯罪者に対する罰則強化を叫びだした。もともと彼は1999年、定住外国人の二重国籍取得に反対するキャンペーンを展開して州首相の座に就いたが、今回も、選挙権を持たない少数派への敵意を煽って、反撃を図ったわけである。この右翼ポピュリズム的な手法は、メルケル首相の支持を得たものの、州内だけでなく全独的な批判にさらされた。

 他方、ニーダーザクセンでの選挙戦のテーマは、圧倒的に失業問題であった。CDUは、基本的にその実績が評価され、今回この州で政権交代はありえないというのが、衆目の一致するところであった。

二大政党の後退、左翼党の進出

 1月27日の投票率は、ヘッセンでは、政党間の主張の違いが明確で、コッホ州首相の選挙戦スタイルが注目を集めたことから、ほぼ前回並みの64.3%となった。ニーダーザクセンでは、CDUの勝利があらかじめ予想されていたため、過去最低の57.0%を記録した。

 両州議会選挙の暫定最終結果は、下表のとおりである。

ヘッセン州

CDUSPDFDP緑の党左翼党
得票率36.8% (-12.0)36.7% (+7.6)9.4% (+1.5)7.5% (-2.6)5.1% (+5.1)
議席数42 (-14)42 (+9)11 (+2)9 (-3)6 (+6)
ニーダーザクセン州

CDUSPDFDP緑の党左翼党
得票率42.5% (-5.8)30.3 (-3.1)8.2% (+0.1)8.0% (+0.4)7.1% (+6.6)
議席数68 (-23)48 (-15)13 (-2)12 (-2)11 (+11)

 CDUは、両州で大幅な後退を余儀なくされた。特にヘッセン州で1970年以降最悪の得票率を記録したのは、コッホの選挙キャンペーンが有権者の反感を呼んだからにほかならない。コッホは、信頼度・共感度の点で、SPDの州首相候補アンドレア・ユプシランティに大きく水をあけられ、マンハイムにある「選挙研究グループ」の調査では、望ましい州首相として、5ポイント(41%対46%)の差をつけられた。

 ニーダーザクセンでは、CDUは、労働市場・教育・家族・犯罪・経済・財政・外国人等々、社会的公正を除くすべての政策分野で、SPDよりも信認された。コッホとは対照的に、人柄も政策も穏健なヴルフは、「国父」的なイメージで、SPDの州首相候補ヴォルフガング・ユットナーをまったく寄せ付けなかった。

 SPDは、夕方6時の投票締め切りから、ヘッセンで第1党になるとの予測が流され、勝利に沸いていたが、最終的には得票率がCDUに0.1%及ばなかった。しかもこの数字は、同州で2番目に悪い結果なのである。他方、かつてゲアハルト・シュレーダー連邦首相を送り出したニーダーザクセンでは、前回に続いて敗北、かつてない低得票率に終わった。

 両州議会選挙の勝者は、左翼党である。2005年9月の連邦議会選挙で、旧東独の民主社会主義党(PDS)が、旧西独の「労働と社会的公正のための選挙オルターナティヴ」(WASG)との統一名簿をつくるために改称した左翼党は、同選挙で8.7%を得て全独レベルでの政治的地歩を確立した(4)。同党は、昨年6月16日、正式に組織的合同を果たしたが、それに先立つブレーメン市議会選挙(5月13日)で8.4%を獲得し、初めて旧西独州の議会に進出していた。ブレーメンは労働者・失業者の多い都市州で、左翼党の議席獲得はむしろ当然視されていたが、今回の躍進は、西独にも5政党システムが確立したことを示している。とは言え、ブレーメンでの内紛に見られるような議会経験の不足など、西独の左翼党が克服すべき課題は依然残されている。

おわりに

 ニーダーザクセンでは、CDU・FDP連合政権が改めて成立するだろうが、ヘッセンの行方については見当がつかない。コッホは、第1党の座を守ったとして州政権づくりの主導権を握ろうとしているが、12%も得票率を下げた政治的責任を免れられるだろうか。

 「選挙研究グループ」によれば、ヘッセン州民にとって望ましい連合政権の組み合わせは、「赤緑」42%、「黒黄」(CDU・FDP)40%、「大連合」27%、「信号連立」(SPD・FDP・緑)25%、「赤々緑」(SPD・左翼党・緑)16%の順である。選挙戦中CDU・左翼党との協力を否定し続けたSPDは、「信号連立」の樹立を目指しているが、CDUとの連合を公言したFDPから拒絶されている。全独レベルに通じるSPDの戦略的ジレンマは、左派陣営のなかで緑・左翼党と競争する一方、中道票をめぐりCDUと争わなければならない点にある。

 今年ドイツでは、2月24日にハンブルク市議会選挙、9月28日にバイエルン州議会選挙がある。さらに来年は、大統領選挙、欧州議会選挙、連邦議会選挙、ブランデンブルクやテューリンゲンでの州議会選挙と、重要選挙が目白押しである。「社会的公正」の回復に向け、ドイツ政治の左傾化がいっそう進むのか、その帰趨は重大な意味をもっている。

ドイツの州区分地図 <注釈>