去る17日に投開票が行われた東部ドイツでの地方選挙では、連立与党を組むキリスト教民主同盟(CDU)と社会民主党(SPD)が不振を極めた一方で、従来のネオナチのイメージを払拭したスーツ姿の極右が議席を獲得した。形骸化する議会政治を尻目に国家改造を訴える主張が高学歴層の心も捉え、新自由主義政策の下で拡大する格差や失業への国民の不安を吸収しながら、急速に支持を伸ばした。昨年の総選挙で大躍進を遂げた左翼党は大幅に後退。その理由を連邦では野党である同党が、地方では政権党である矛盾に起因すると木戸助教授は指摘する。政権党として緊縮財政を維持するために、保護すべき弱者を切り捨てる結果になったからだという。こうして国民に政治不信が広がり、攻撃的性質を持った極右を「羊の皮を被った狼」として受け入れ伸張を許してしまった。ドイツでの出来事は他人事ではない。
6月9日から1ヵ月間、「世界よ、友だちのもとへようこそ」というモットーでサッカー・ワールドカップが開かれたドイツでは、「黒赤金」の国旗が町中に氾濫するという思わぬ事態が生じた。この「陽気な愛国主義」(2006年6月23日付『フランクフルター・ルントシャウ』紙)に対する周囲の評価はおおむね好意的で、国連のアナン事務総長も7月10日、「世界はもはや、ドイツにおける過度の愛国主義に不安を抱いていない」と述べている。
だが、思い起こしてみれば、表1が示すように、ドイツでは極右絡みの事件が相次ぎ、ワールドカップのホスト国として、不安は決して小さくなかった。
【表1:最近のドイツにおける極右関係の主な出来事】| 5月16日 | エチオピア出身のドイツ国籍保持者(37歳)が、暴漢2人に襲われ意識不明に |
| 5月17日 | ウーヴェ=カーステン・ハイエ元連邦政府スポークスマンが、「ブランデンブルク州の中小都市など、肌の色の異なる人が行ったら生きて帰れない場所がある」と発言 |
| 5月19日 | クルド系のギヤセッティン・サヤン・ベルリン市議(左翼党)が2人の若者に暴行され、頭部に重傷 |
| 5月22日 | 2005年度版憲法擁護報告書が公表。極右犯罪(1万5361件)が前年より27%増、うち暴力行為(958件)が23.5%増、暴力的極右(1万0400人)は400人増 |
| 6月7日 | アフリカ協議会と国際人権連盟が人種攻撃を防止するホームページを開設 |
| 6月24日 | ザクセン=アンハルト州プレーツィエンの夏至祭りで、『アンネの日記』と星条旗が焼かれる |
たしかに、「陽気な愛国主義」の現象それ自体を、排外主義と結びつけることはできまい。だが一昨年、5月23日に選出されたホルスト・ケーラー現大統領が「私は国を愛する」と発言したこと、9月21日にザクセンで国民民主党(NPD)、ブランデンブルクでドイツ民族同盟(DVU)という極右政党が州議会で議席を獲得したこと、さらに12月のキリスト教民主同盟(CDU)党大会で「愛国主義」の要求が打ち出されたことなどを考えると、それをただ安閑と眺めているわけにもいかないのではないか(注1)。
去る9月17日、ベルリン市議会選挙(および市内12区議会選挙)とメクレンブルク=フォアポンメルン州議会選挙が実施された。両州はいずれも、社会民主党(SPD)と左翼党の「赤赤連合」という異色の政権で、その帰趨が注目された。またこの選挙は、昨年9月18日の連邦議会選挙を経て11月22日に成立した「大連合政権」に対する審判としても、重要な意味を持った(注2)。
選挙結果は、表2のとおりである。まず投票率は、両州で前回(ベルリンは2001年10月21日、メクレンブルク=フォアポンメルンは2002年9月22日)より10ポイント以上も下がり、過去最低を記録した。
【表2:2006年9月17日ベルリン市議会・メクレンブルク=フォアポンメルン州議会選挙結果】| ベルリン市 | 東ベルリン | 西ベルリン | メクレンブルク= フォアポンメルン州 | |
| 投票率 | 58.0%(-10.2%) | 53.8% | 61.1% | 59.2%(-11.4%) |
| SPD | 30.8% (+1.1%) | 29.8% | 31.4% | 30.2%(-10.4%) |
| CDU | 21.3% (-2.5%) | 11.4% | 27.7% | 28.8% (-2.6%) |
| 左翼党 | 13.4% (-9.2%) | 28.1% | 4.2% | 16.8% (+0.4%) |
| 90年連合/ 緑の党 | 13.1% (+4.0%) | 10.5% | 14.8% | 3.4% (+0.8%) |
| FDP | 7.6% (-2.3%) | 4.9% | 9.3% | 9.6% (+4.9%) |
| NPD | 2.6% (+1.7%) | 4.0% | 1.6% | 7.3% (+6.5%) |
| WASG | 2.9% (+2.9%) | 3.3% | 2.7% | 0.5% (+0.5%) |
党派別に見てみると、まず目立つのは、SPD・CDUの二大国民政党の不振である。昨年の総選挙で両党は、合計得票率が6ポイント減の62.0%と、凝集力の低下を露呈した。今回の地方選挙では、その傾向にさらに拍車がかかったと言える。
ベルリンのクラウス・ヴォーヴェライト市長、メクレンブルク=フォアポンメルンのハラルト・リングスドルフ州首相を擁するSPDは、一応政権維持には成功した。だが、メクレンブルク=フォアポンメルンでは得票率が激減したし、ベルリンでも昨年総選挙での得票率(34.4%)には届かなかった。それでも、当時のシュレーダー(党首)・ミュンテフェーリンク(幹事長)執行部が不承不承に容認した「赤赤連合」が、とにもかくにも選挙民の信任を得られたことの意味は小さくない(ただし、次期政権が再び「赤赤」になるとは限らない)。
他方CDUは、首都ベルリンでも、アンゲラ・メルケル連邦首相の地元メクレンブルク=フォアポンメルンでも歴史的な大敗を喫した。いわゆる「首相ボーナス」の風は、まったく吹かなかったわけである。
実際、発足1年足らずで、大連合政権もメルケル自身も、著しく評判が落ちている。マンハイムにある「選挙研究グループ」の世論調査によると、+5から−5の範囲で、「大連合」への評価は、成立直後の昨年12月0.6だったのが、この7月にマイナスとなり、9月は−0.3である。メルケル個人に関しても、就任直後1.7だったのが、今では1.0に下がっている。
もっとも、CDU惨敗の原因を、連邦政治のみに求めるわけにはいかない。クラウス・プフリューガー、ハラルト・ザイフェルという各筆頭候補は、信頼性・行動力・専門知識などあらゆる面で物足りなかった。 いずれにしても、今回の選挙結果は、地方政治だけでなく、「大連合」における力関係にも影響を及ぼすであろう。
昨年の総選挙では、旧東独に基盤を持つ民主社会主義党(PDS)と旧西独の労組系元SPD党員を中心とした「労働と社会的公正のための選挙オルターナティヴ」(WASG)が大同団結して結成された左翼党が、一挙第四党に躍進して注目の的となった。ところが、今回の地方選挙で、WASGは、「赤赤連合」を批判する立場から、独自の選挙戦を展開した。
これは、左翼党が連邦レベルで野党でありながら、両州レベルでは政権与党であるというジレンマに起因する。左翼党は連邦野党として、最低賃金の導入、ヘッジファンドの禁止、海外派兵の拒否等々、社会的弱者を擁護し戦争に反対する政策を一貫して打ち出している。しかし、財政状態がきわめて厳しい中で、州政権の一翼を担う立場としては、公共部門の人員削減や料金引き上げなど、支持者の反発を買う決定も強いられる。WASGは、左翼党もまた新自由主義に屈したとして、分裂選挙を選択したわけである。
だが、これは双方に芳しい結果をもたらさなかった。左翼党とWASGの得票率を足しても、昨年総選挙の成績(ベルリン16.4%、メクレンブルク=フォアポンメルン23.7%)を下回ったことは、明らかな敗北と言える。それでも、メクレンブルク=フォアポンメルンで、前回州議会選挙より得票率を伸ばすことができたのは、筆頭候補ヴォルフガンク・メトリンクに負うところが大きい。
ともあれ、左翼党は、WASGとの統合を進めるためにも、連邦政治と地方政治の関係を早急に調整する必要に迫られている。
連邦議会に議席を持つ他の2党、自由民主党(FDP)と90年連合/緑の党について、今回の選挙から確たる傾向を読みとることは難しい。前者はベルリンで後退したし、後者はメクレンブルク=フォアポンメルンで依然泡沫政党の域を出ない。その中で、「金持ち政党」FDPが、ドイツで失業率が最悪のメクレンブルク=フォアポンメルン(8月現在18.2%。全国平均は10.5%)で12年ぶりに議席を回復したのは、皮肉とも言える。
今回の選挙では、事前から極右NPDの進出が懸念されていたが、果たして結果はそのとおりになった。
NPDは、禁止されたネオナチ団体のメンバーを吸収して勢力を拡大、一昨年のザクセン州議会選挙では、労働市場改革(ハルツIV)・外国人・EU拡大への攻撃が奏効して9.2%を得た。
昨年1月15日、NPDはDVUと、2009年までの各種選挙にどちらが参加するか協定を結んだ。総選挙でNPDは1.6%(東独全体で3.6%、ザクセン州では4.8%)の得票率を記録したが、これは1969年以来最高の数値であった。
今般NPDは、メクレンブルク=フォアポンメルン州で5%条項を楽々クリアーし、ベルリンの区議会選挙でも3%の壁を越え、4つの区(マルツァーン=ヘラースドルフ、リヒテンベルク、トレプトウ=ケーペニック、ノイケルン)で進出に成功した。
大まかに言って、極右の支持者は、若年・失業者・低学歴層に多い。メクレンブルク=フォアポンメルンでは、18〜29歳の17%、失業者の18%がNPDに投票したと目される。
特に憂慮されるのは、初めて投票に行くような若い有権者が、サブカルチャーを通じて、NPDに引き寄せられている実態である。NPDは、外国人差別・暴力賛美の歌を収めたいわゆる「校庭CD」を配ったり、ヘビメタ・パーティーを開いたりして、若者たちを獲得しようとしている。また、スキンヘッドに軍靴のようなブーツ、地厚のブルゾンというお決まりのネオナチ・スタイルではなく、背広姿で子どもや家族向けのイベントを企画したり、住民運動を組織したりして、「普通の政党」であるかのように振る舞ったりもしている。もちろんそれは表面的なイメージ戦術にすぎず、実際には、他党の選挙運動を襲撃するなど、暴力的・攻撃的な本質に変わりはない。
一般に旧東独では、有権者と政党との結びつきが弱く、極端な投票行動が起こりやすい。このため、今回のNPDの台頭も、一過性の現象として捉える向きもある。しかし、長引く不況・大量失業と社会国家の改造が、高学歴層にも極右的態度を強めさせている近年の傾向を考えると、そうした楽観論はいかにも疑わしい。
ドイツの有権者の政治不信・政党不信は、ますます深まっている。新自由主義の下で格差が拡大する中、議会政党が有効な処方箋を見出せない間隙を縫って、極右がさらに勢力を増大させないと誰が断言できようか。